海外での仕事・生活を通じ、日常生活から社会問題まで、一個人として感じたこと、疑問に思うこと、素晴らしいと思うことをつづる日記。自動車メーカー勤務を経てヨルダンのNGOで働きます。トルコ留学、アメリカ駐在は人生のターニングポイント。


by Yoshiko

アンマン生活事情

昨日はパレスチナ難民などの講義があったり、一昨日はこれから働く街を訪問したりして、色々な事を考えたり感じたりしていました。簡単に論ずることの出来ないトピックなので、また別の記事でそれぞれ書きたいと思います。

さて!!記憶の新しいうちに、ヨルダンで手に入る日本の食べ物や洋服・化粧品などの販売状況を記録しておきたいと思います。これからヨルダンに来る方に少しでも参考になれば幸いです。

■まとめていうと
首都であるアンマンでは外資系のスーパー(フランスのカルフール等)が進出していたり、デパートにも外資系コスメ、洋服も欧米系のブランドが店舗を構えているので、不自由なく物は入手できると思います。

★Carrefour
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■食料品
醤油、味の素は大手スーパーならどこでも手に入りそうです。また、野菜や香辛料、乳製品も豊富で食料で困る事はないです。カルフールにはタイ製(笑)ではありますが「のり」や「うどん」、「みそ汁の素」も売っています。お肉も豚肉以外なら豊富にありますし、魚も冷凍の物が販売されています。(魚屋さんも高めだけどありました。凄く大きなサーモン2切れ(日本でいったらスライス6枚分くらい)で1500円位でした。

■洋服
欧米ブランドのもの(Zara, H&M, Mango, GAP,その他マイケルコースやアルマーニ、ヴィトン等の高いブランド)は日本や欧米以上の値段で販売されており、値段はとても高く設定されています。理由の1つとしては、輸入する際の関税が非常に高いためだそう。
私もどうしても寒くて長袖のTシャツとストールをH&Mで購入したのですが、アメリカだったら合わせて$20いかない雰囲気のものも、ヨルダンでは$50位とられました~~汗140.png ヨルダン人の知り合い曰く、ヨルダンの中では

1)欧米ブランド
2)トルコブランド
3)アラブブランド
4)中国製

という順番で価格のピラミッドがあるようです。

■化粧品113.png
資生堂、クリニーク、ロクシタン、イブサンローランやディオール、MACなどのコスメはデパートで購入可能。日本からヨルダンへ大量に化粧品を送ると物凄い税金を徴収されるので(円で1万とかなる場合もあり)、現地で買うほうが無難かもしれません。メイベリンなどのプチプラコスメもスーパーで扱ってます。アメリカのターゲット等とほぼ変わらないです。

みりんやめんつゆはありませんが、今のところ、お砂糖とお醤油で何とかなっています。
おみそは噂によると中華みそはあるらしいのですが、まだ発見できていません。

■日用品173.png
何でもあります。(皆生活しているので当たり前ですが・・)
掃除道具、洗剤、石鹸、シャンプー・リンス(パンテーン、Dave, Nivea)、芳香剤、靴磨きのクリーム、虫よけ(フマキラーが独占!!)、生理用品、おむつなどなど。

■文房具178.png
なんでもあります。ただペンなどはやはり日本製が書きやすいかも。。。

■レストラン180.png
アンマンにはやはりアラブ料理が多いですが、イタリアン、アメリカン、中華もあります。
日本料理はアンマンのホテルに1軒入っているようです。が、お高目とのこと・・・。
また、アンマンは思った以上に物価が高く外食をすると、日本と同じくらいの金額になることも多いです。

総じてモノの入手性はよいと思います!

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# by Yoshiko413F | 2017-10-18 03:35 | ヨルダン | Comments(0)

アンマン道路事情

ヨルダンは週末。
10日前から語学学校が始まり、朝から午後までアラビア語(話し言葉)の授業を受けています。
公共交通機関が整備されていないアンマン, 毎日タクシーで学校に通います。
タクシーも良い運転手さんもいれば法外な値段を吹っかけてくる運転手さんもいて、毎日が戦いです(笑)

今日はアンマンの道路事情について少し紹介したいと思います。
歩道、道路状況の2つに分けてみていきましょう。

■歩道
とりあえず、歩道は一応あるけど、人が歩くことは想定されていません!!
歩道はぼこぼこしていて、ペッタンコ靴かスニーカーでなければ歩くのは難しいです。
ヨルダンでヒールを履く事はほとんどないと思います(涙)。靴好きの私としては寂しいけれど、
日本の家で眠っているヒールを履く日を夢見てしばらく耐えたいと思います。

ぼこぼこの道。(因みにこの写真は比較的家賃の高い地域の歩道です)
何度もつまずきました。足元を見るのはマスト。
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そして、歩道にはたくさんの路駐!!!
ここには駐車場はあまりなく、とりあえずみんな道路または歩道にどかーーんと車を停めているようです。歩けないから結局車道を歩いていると、車に「ブーーブーー!!!!」と思いっきりクラクションを鳴らされます。

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因みに、ヨルダンには横断歩道というものはほとんど存在しないようです。
なので、道を渡るのも命がけ144.png ちょっとずと合間をぬってわたります。
交通事故にだけは遭いたくないと、毎日願っています155.png

■道路状況
ヨルダンの道路。幹線道路や大きな通りは比較的整備されています。
が、車線はほぼないです。車線自体消えてますが、みんな我先にというマインドであらゆる方法で車を抜かしていきます。タクシーに乗ると、たまに異常に乱暴な運転手さんもいて、怖いです。
シートベルトをつけようにも、シートベルトがついていない車も多く、毎回冷や冷やしながら乗っています。

また、アンマンは細くてうねうねした急こう配の道も多く、そして一方通行も多く、運転するにはかなりの勇気がいりそうです。私は運転できない身で滞在しているので運転する機会はありませんが、アメリカで散々運転していた私も運転するのは少し気が引けます。
ただ、車がないととても不便なので、車いいなあ、、、と指をくわえてみています。

写真はアンマンの渋滞の様子。
これ、ラッシュアワーとか関係なく、いつもこうなんですって。
理由としては、やはり都市への人口集中(ヨルダン人口の約40%がアンマンに集中)していることと、公共交通機関が整備されていないことが主な要因のよう。

↓Link from Jordan Times
http://jordantimes.com/news/local/planners-see-better-traffic-flow-amman-two-years


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道路状況を改善させるために、2018年までの更に100台の公共バスの導入、さらに、バス専用車道の整備などが進んでいるようですが、アンマンの道路事情・交通状況が改善するにはまだまだ時間がかかるようです・・・。

Marketing職としては、アンマンの物流事情などが気になっており、現在データなどを調査中。
また何かわかればこちらで紹介します。




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# by Yoshiko413F | 2017-10-14 18:42 | ヨルダン | Comments(0)
今日のアンマンはいきなり秋の気配。
7ヶ月ぶり(大袈裟かもだけど)の雨が降ったようで、アラビア語の先生も大喜び。
初雪ならぬ初雨をペットボトルにためて顔をあらったり髪をあらったりすると健康に良いと言われているのだとか♪

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さて、今日は私がなぜヨルダンを選んだのか、記録しておきたいと思います。

私は今までヨルダンに来たこともなければ、仕事でヨルダンに関わった事もありませんでした。
ヨルダンのイメージといえば、映画アラビアのロレンス、死海、ペトラ遺跡、難民を受け入れている国というレベルの知識でしたが、偶然見つけた協力隊の募集案件(私がこれから携わる仕事)をきっかけに、ヨルダンの歴史や近隣諸国の中での立ち位置、国としての方針、募集案件が上がっていた街の状況などを調べると、まさに私が一番関心があり、追求していきたい事柄で溢れかえっていました。(以下箇条書き)

●ヨルダンは中東和平の中心
ヨルダン周辺国はイラク、シリア、イスラエルなど、現在も紛争や戦争が頻繁に起きて不安定な状況が続いているが、ヨルダンは比較的安定した状況を維持している。なぜ?

●ヨルダンは多民族国家
ヨルダン人の7割から8割はパレスチナ系とよばれ、また、ロシア系やトルコ系の少数民族も生活している。さらに、近年は人口の約3割はいると推測される難民の受け入れなど、他民族で構成されている国家である。どうやって今の状況になったの?何故平和を保てるの?

●ヨルダンはイスラム教とキリスト教が共存している
上述したポイントと重なるが、それら背景に伴いイスラムとキリストが共生・共存している。
特に私がこれから働く街サルトはキリスト教徒も多いそうなのだが、平和な古都として栄えている。
何故共生できる地域もあれば出来ない地域もあるの?

●ヨルダンは王国である
ヨルダン王国はハシーム家というイスラム教預言者ムハンマドの曽祖父の一門であり正統性がある。
王国ならではの良さとは何か、正統性とは何?

●ヨルダンの社会構造
ヨルダンの首都アンマンは非常に栄え、経済的に豊かな人もたくさんいる。
一方で、非常に貧しい暮らしをしている地域・人もおり、一体何がどうなるとこういう構造になるの?

●女性の社会進出
イスラム圏ではまさに今、Women Empowermentが叫ばれ始めたといっても過言ではありません。
一体現地の人はどんな気持ち・思いがあるのだろう。宗教とジェンダーの関係性って何だろう?

非常に直観的ですが、「ああ、この国&この街でどっぷり生活・働くのは必然だ」と偉そうで恐縮ですが、そう思いました。そして、これから本格的に国際協力分野に進むべきか決める為にも、きっとこの国での経験は(どちらに転ぶにせよ)非常に有意義な時間になると思い応募をしました。


国際協力に関心はあっても、どんな問題がどんな風に絡み合っているのか、しっかり把握できていませんでした。もちろん、本やネットの情報で上辺だけ拾ったような事は言えるかもしれませんが、腹の底から理解して納得しているかといったらそうではありませんでした。なので、こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、その道に行くなら一度ちゃんと自分の体と五感と脳みそを全て使って向き合う必要があると思いました。そして、今までの企業での経験全てを活かせる仕事をしつつ(ボランティアという究極な状況ではありますが)、本気で国際協力について考えるには、まずは”現場”に入る必要があると思いました。


ヨルダンに来たかった理由は自分勝手な理由もありますが、色んな巡り合わせで今があると思います。言い聞かせる面もありますが、30代前半までは色々挑戦して自分の素地を固めたいと思います。
ここヨルダンでどこまで出来るかはわからないけれど、日本や会社にいたら分からない事・出来ない事に沢山挑戦したい!!そんな気持ちです。



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# by Yoshiko413F | 2017-10-10 01:23 | 生活 | Comments(0)
ヨルダンはイスラム圏なので金曜・土曜日が週末です。
金曜の朝~昼は皆モスクにお祈りに行くため多くのお店が休みになります。
なので金曜の朝は街はひっそりとしています。

さて!!今日はローカルバスに乗る練習も兼ね、アンマンの旧市街に行ってみました。
滞在している家から10km程バスに乗ります。

一言でバスといっても、ヨルダンには色々な種類があるよう。
大きく分けると3つあり、日本でもよく走っているような路線バス(大きなバス)、ミニバス(ワゴンタイプ)、そしてセルビス(ミニバン)。今日はミニバスです。

Mini bus
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いざ、デビューしました!
バス停なんてありません。でも、停まる場所は大体決まっているようで、私も事前に教えてもらった場所に立ちバスを待つこと数分、物凄い勢いでミニバスが声をかけてきました。

行き先が「アンマーン(=ダウンタウンの方)」と書いてあるのを確認し、乗る時にも片言アラビア語で「ダウンタウン行き!?」と確認し乗り込みました。乗ること15分くらい、凄いスピードだし、揺れるし、道がたがただし、もちろんクーラーなんぞ無いし、「ひょえ~~事故に遭いませんように!」っと乗っていると無事に到着。日本円でだいたい50円位の料金を払い降車しました。

ダウンタウンに到着すると色々なお店が立ち並ぶ区域に入ります。
絨毯、工具、鶏肉、魚、野菜、香辛料、寝具、銃器、刃物・・・・。鶏肉は生きた鳥がぎゅうぎゅう詰めになってケージの中に入れられて売られています。直近の海外はアメリカだったこともあり、全く異なる光景に少し驚きました。

そこを抜けて山側に上っていくと、だんだん雰囲気が変わってきます。高級車も突然増えます。
ジャバルアンマンと呼ばれる地区。
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登りきると素敵な豪邸が立ち並び、雰囲気は欧米風の街並みといった感じ。
欧米の観光客や住民も多いようで、おしゃれなカフェ、レストランが沢山並んでいました。


                   Old View Cafe
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地図とにらめっこしていたら、アメリカ人(と言葉から推測)と思われるカップルが「大丈夫、何か手伝う?」と声をかけてくれてほっこり。ジャバルアンマンからみる景色は最高。ずっとここでお茶を飲んで本を読みたい、そんな雰囲気でした。

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当たりを散策し、眺めの良いカフェでお茶を飲み、またミニバスに乗って帰路へ。
帰りもバスが10台以上並ぶ中から自分の乗るバスを見つけなければなりませんが、「ここにいきたいの!!」というと、おじさんがちゃんと案内してくれて、何だかんだ迷うことなくバスに乗れました。

山の上と下、全く違うアンマンの顔。
ヨルダンは貧富の差がとても激しく、普段の生活でもそれが手に取って見えるようです。
まだヨルダンにきて12日目にも拘わらず、色んな光景を目の当たりにしては色々と考えを巡らせてばかりの毎日です。日本でもニュースや本で色々な情報を目にしたけど、実際に現地で体感するのでは、全く考えの深さも変わってくることも分かりました。

1つずつデータなどを調べながら現状を把握していきたいと思います。



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# by Yoshiko413F | 2017-10-08 00:46 | ヨルダン | Comments(0)
ヨルダン5日目にしてヨルダンの病院初体験!!
実は高熱と激しい腹痛で病院で点滴とお薬を処方してもらいました。

急性胃腸炎です。

急性胃腸炎ももう3度目にもなると慣れてきます。ウズベキスタン、中国、ヨルダンと経験を積みました(笑)胃腸炎もベテランの領域に入りつつあります。

ということで今回はヨルダン医療・経験編。

さて、ヨルダンの病院。
今回訪れたのはアンマン市内にあるクリニック。24時間診察してくれますが、採血やレントゲンといったことはできません。診察、触診、点滴などの軽い処置のみ受け付け。

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ヨルダンの小さい病院は、カルテというものは存在しないそうです。
通常日本で病院にかかる際、初診の時は名前、既往歴、年齢、血液型、アレルギー、女性なら最終月経など必ず聞かれますが、何にも聞かれず、診察へ。

診察で症状を説明し(ここはまだ英語)、触診。ざっと3分くらい。

そして点滴投与の為違う部屋に通され、先生に「薬のアレルギーある?」って聞かれて答えるとそれに従ってすぐさま点滴の針を刺されます。先生は白衣も来てないし手袋もしてないし、消毒もされなかったような。。。。笑 そしてブットイ針で点滴され、物凄い勢いで薬を体内に入れられて終わりました。

手書きの処方箋を近くの薬局で提示して薬を購入。
さっき点滴したところが晴れてきて、今は大きなあざみたいに真っ青に内出血中です~~~。
でも、処置の薬の甲斐あり、見事に回復しました。

ヨルダンには大きな大学病院や私立病院もあり、そこでは精密検査なども出来る設備はそろっているとのこと。JICAの看護師さんに聞いたところ、アフリカ等に比べると医療レベルはしっかりしているそうです。

早くも胃腸炎を経験。
あと2年頑張ろう!


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# by Yoshiko413F | 2017-10-06 17:46 | ヨルダン | Comments(0)

ヨルダンへやってきた

9月26日、ヨルダンへやってきた。
これから何もなければ、この国で2年間暮らしNGOで働きます。

さて、ヨルダンと聞いて何を思い浮かべるでしょうか。
中東・イスラム・ペトラ遺跡・死海・本当に安全なの?などなど、色んなイメージがあると思います。

百聞は一見に如かずという言葉もありますし、私目線ではありますが、これからヨルダンの概要・経済・生活(交通事情、食べ物、通信、医療、教育、環境・衛生、文化等)について紹介していきたいと思います。

また、まだこちらで書けていませんが、私がなぜヨルダンという国を選んだか、また、どんな事をするのか、ということも可能な範囲で自分の整理も兼ねて書いていく予定です。
お時間ある際是非覗いてやってください~♪

さて、私は今首都アンマンにいます。
アンマンは大きな街で、高層ビル、外資系高級ホテル、大きなショッピングモールなど、とても栄えています。私のアンマンの第一印象は

沢山の車、沢山のゴミ、沢山の猫ちゃん!

これからバシバシアップしていく予定ですので、宜しくお願いします~!
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# by Yoshiko413F | 2017-10-06 17:26 | ヨルダン | Comments(0)
大学卒業後から9年間働いた自動車メーカー(経験2社)を退職し、2017年7月より青年海外協力隊員候補生として福島県二本松市の山奥にある訓練所で訓練を受けています。訓練に合格すれば、2017年9月25日から2年間、Marketing職としてヨルダンのサルトという街へ派遣をされる予定です。サルトでは、伝統工芸品の拡販や商品の品質向上、ブランド向上に向けて現地の方々と奮闘する予定です。

今はブヨに刺されながら、毎朝5時半に起床し、6時15分には点呼→国旗掲揚→ラジオ体操→ジョギング→朝ご飯というメニューをこなし、午前からみっちり語学授業・国際協力にまつわる講座を受講、なんと委員会活動までもあり、かなりハードな毎日を過ごしています。

さて、自分の備忘の為・整理の為・宣誓の意も込め、暫くはブログ上で真面目なテーマを書いていきたいと思っています。
今日は32歳、既婚(子供なし)、女性の私が、敢えて”大企業”の看板から自ら離れ、何故今青年海外協力隊なのか、という点を書き留めたいと思っています。
かなり自己満足(かなり本音)&長いブログなので、辛くなりそうな方は読み飛ばしてください!

一言で表現するのは難しいですが、簡潔にいうと、青年海外協力隊を通して「社会に(少しでも)直接的に貢献しながら属性に頼らない人間に成長したい」という気持ちから今回参加を希望しました。もともと、自動車メーカーに入社した理由は、「モノとモノを通して、異文化理解・他民族の共生をビジネスの観点から促進したい」というもので(今思うと、なんて青臭いことをいっているんだ!と思いますが(笑))
 →モノが流通する場所には人の交流が生まれ、間違った固定観念が崩れ去り、草の根レベルで異文化理解が進むのではないか
 →日本を代表する自動車製造は世界各国に拠点を構えており、これから発展途上国へも進出予定。雇用創出しながら大きな影響を及ぼす事ができる組織なのでは
と考えたからです。

また、私自身も、気持ちは溢れていてもこれといったスキル(多少トルコ語が話せる程度)もなかったため、一度社会人としての基盤を築きたいと思い、自動車メーカーに入社しました。

その後約9年間、自動車メーカーで海外営業、販売戦略@アメリカ、グローバルマーケティングの仕事をしてきました。
専門は商用車の補修部品と商用車マーケティングでB2B (Business to Business) です。自動車メーカーでの仕事は大変面白く、入社2年目からは1人で海外出張へ行ったり、4年目‐7年目は米国支社に出向させてもらったりと非常にチャレンジングで刺激的な仕事をしてきました。7年目で転職した後は、経営層に近い部門で、日々経営層や役員へ海外販売会社のレポートを上げ、何か提案や会議がある際は、経営判断ができるように総括管理をする仕事をしていました。会社も非常にダイバーシティで、外国籍社員も多く、日常業務は英語・上司も外国人とユニークな環境で経験を積むことが出来たし、待遇も一般的にみたら非常によい環境で働いていました。

でも・・・・心がどんどん空っぽになりました。
世間から見たら非常に大きな会社で優雅に働いているように(?)見えるのかもしれませんが、仕事の価値が見いだせない、誰からも必要とされていない、自分は本当に兵隊の1人で代わりはワンサカいる、そんな感覚に苦しんでいました。本社勤務及び上流(経営)に近めの部署であったこともあり、お客さんではなく役員を見る仕事が続いていたことも理由です。現地に行ったこともない私が、海外支社の重役たちへ失礼を承知で様々なFeedbackや方針を伝えなければいけない状況でした。
もちろん私だけでなく、周囲も同じように悩んでいたのですが、これが、<私にとっての仕事>について改めて考える機会となりました。

ああ、私ってなんで自動車メーカーに入ったんだっけ・・・と学生の頃の思いに立ち返ると、

”発展途上国の経済活性化や異文化理解・他民族共存を促進する仕事がしたい”

そんな希望がありました。

また、今までの9年の社会人生活を経て感じたいろんな事も一気に洗い出してみました。

  • 仕事を通じて何か”価値”を生み出したい
  • 働くなら現場で現場の人と一緒に問題解決をしていきたい
  • 地域の専門性をつけたい(中東・アラビア語・イスラム)
  • 属性に囚われずどこでもやっていけるタフさを身につけたい
  • 今までの経験がどこまで活きるか挑戦したい

さあどうしよう。
転部?転職?それとも・・・、と考えた結果、これらすべてを満たしくれるものが、青年海外協力隊であると確信し、青年海外協力隊への応募とつながりました。
究極の環境(ボランティアなので報酬はないが、そんな中でどれだけ価値を出せるか挑戦したい)だからこそ出来ること・わかることがあると考えたからです。

もちろん合格後もものすんご~~~く悩みましたが、色々な人(年齢問わず20人には相談しました、、)に相談し、自己分析をしまくり、決意は変わりませんでした。
また、結婚3年目、我が家はまだ子供はいませんが、子供が出来たらこのような決断は簡単にできないとも思い、夫・家族の承諾を得て、32歳、挑戦することにしました。

と、だいぶ私的な内容ですが、読んでくださった方、ありがとうございます!
次回はなぜヨルダンを希望したのか、そのあたりについて詳しく書きたいと思います。


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# by Yoshiko413F | 2017-07-13 19:34 | 青年海外協力隊 | Comments(0)

決意

久しぶりのブログ。

この10か月、色んな事にぶつかって悩んで、悩んで、ぐるーーーーッと一回りして、ちょっとだけ光が見えてきた今日この頃。
これからの自分、生き方に喝を入れるべく、どんな生き方をしようと自分の「責任」として生きて行く事を決意すべく、記念に「タンク」=「戦車」という意味を持つ時計をついに購入。ちょっと言い訳みたいだけど、どんな環境でも、自分の選んだ道ならば、闘い抜こうと決めた!記念です。これからこの時計を見て、踏ん張ろうって、そんな風に思います。
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大きな組織で働くことは、とても居心地が良いかもしれない。でも、自分の成長、新しいビジネスを創るワクワク、"産み"の苦しみというものは案外少ない、という現実。どんどん自分を信じられなくなり、自信を喪失していく感覚。自分が楽しめていなかったり、役に立っていると思えないと人って鋭気を失うのかもしれません。

2017年、明るさを取り戻すべく邁進すると決意しました!





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# by Yoshiko413F | 2017-02-19 17:46 | Comments(1)
2015年もあと4日だなんて信じられない今日、ハワイにやってきました。
目的はのんびりゆっくりすること。

ハワイ初日の今日ですが、夫が体調不良で寝込むことになり1人時間。
久々のアメリカということもあり、色々と物思いにふけりつつ、2015年を整理したく、ブログの更新してみます。

今年は、公私ともに様々な変化・一大イベントがありました。

1 3年間の米国生活を終え、日本生活への変換
2 米国支社から東京本社への帰任
3 結婚
4 転職
5 結婚式

途中でNYUの学校に通ったりと(笑)、なんとも激しい1年を過ごしたと、今改めて思います。
激しかったからか、今年1年は本当に長く、「もう暮れ?!」という感覚は全くありません。
毎日をしっかり生きられた証だと思うことにします。

今年はたくさんの人と「別れ」、「出会う」、そして「再会」した1年でした。
そこで辿り着くのは、私の人生は”人”によって支えられ、形成されているということ。
どんな出来事も人が介在することで成り立つんだな〜と、本気で感じました。

なので、周りの人に優しく、感謝の気持ちを日々表すようにしたいと、そう思いました。
英語でよく Thank you for having me as part of your life, team みたいな表現がありますが、
まさにその通りだと思います。この気持ち、心がけたいです。2015年の教訓です。

さて。
新しい仕事は最近忙しく、結構なプレッシャーもあるのですが、楽しくやっています。
成長できる環境であることは間違いないので、後は自分次第だと喝を入れて過ごしています。
人種・性別に問われず(表面上は・・)に色々と挑戦させてもらっています。
部内のすべてのコミュニケーションはほぼ英語なので、時に大変ですが(汗)、
日本に居ながらそういう環境にいれることには感謝。(英語力強化の観点)

2016年は、少し仕事に本腰を入れ、また頑張ろう。

とつらつら自己満足ブログを書いてみました。
みなさん、今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします♪
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# by Yoshiko413F | 2015-12-28 18:31 | 生活 | Comments(0)

転職という決断

日本に来てから初めてのブログという名の日記。
アメリカから帰国してから5ヶ月、大学卒業から6年半勤務した会社を退職し、転職することになりました。アメリカ駐在まで行かせてもらっての転職。それはもう、色んな人と様々なやりとりがありましたが・・・、人生は一度きり。熟考した結果、転職という決断に至りました。

転職をした理由、それは色々ありますが、やっぱり一番大きかったのは、10年後、20年後のキャリアビジョンが描けなかったということとチャレンジしたい職種があったから。「サラリーマンなんだから思い通りにいかないのは当たり前」なのかもしれませんが、「サラリーマン」で「会社の歯車」だからこそ、自分の描くキャリアや仕事に寄り添いながら仕事をしなければ、『愚痴』だらけの人生になってしまうと危惧しました。

転職を通じて色んな人とぶつかりました・・。
本気で憎まれた?かもしれません。
でも、この経験を通じて、本当に私を応援してくれる人が分かりました。
そして、感謝すべき人も分かりました。

人間の本性というか、様々な側面が見えたこの転職。
転職を会社に告げてから退職まで2ヶ月の間、「転職ってこんなに大変なの?」と感じました。
心の強さも必要でした。プライベートのシーンでいきなり泣き出したりする位情緒不安的になりましたが・・・、それも、いい経験、と今は言いたいです。

今週はお休みを頂いたので、心を浄化すべく、『座禅』に初挑戦。
思った通り、良かったです。
呼吸を整えて息を吐くうちに、今までの色んな感情を吐き出せた感じです。

さて、明日からは違う会社の社員として、またシャカリキに頑張りたいと思います!
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# by Yoshiko413F | 2015-09-15 16:10 | 仕事 | Comments(4)